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東京高等裁判所 平成7年(ラ)699号 決定 1996年2月07日

主文

一  原決定を取り消す。

二  破産者甲野太郎を免責する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。破産者甲野太郎を免責する。」との裁判を求めるというものであり、その理由は、別紙抗告理由書(写し)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  破産法三七五条一号所定の浪費行為について

一件記録によれば、次の事実が認められる。

抗告人は、昭和五六年に自宅マンションを購入した際に勤務先の銀行等からの借入金の余剰資金(約六〇〇万円ないし七〇〇万円)を原資に株式投資を始め、それなりに利益を得ていたが、投資運用を任せていた株式会社株研の倒産に伴い、右株式投資による利益金等七〇〇〇万円以上を失ってしまった。その時点において、抗告人は、住宅ローン約二〇〇〇万円のほか株式投資に伴って親戚から借り入れた一〇〇〇万円の借金があったところ、親戚から右貸金の返済を迫られたので、右返済のため、昭和六一年一月から同年八月までの間、日本信販株式会社等三社から計七二〇万円を借り入れた。そして、抗告人は、再度株式投資をすることにより右債務を弁済しようと考え、昭和六二年一月から同年三月までの間、ファーストクレジット株式会社等四社から計三六五〇万円を借り入れ(うち三〇〇〇万円については、自宅を担保に借り入れた。)、そのうち一部を住宅ローン等の返済に充てたものの、残った大部分の借入金をもとに株式投資を行った。しかし、右株式投資も捗々しくなく、抗告人は、平成元年五月から平成二年四月までの間、住友信託銀行株式会社等三社から計三八〇万円の借入れをせざるを得なかったところ、平成二年の株式暴落により大きな損失を被ることとなった。そして、抗告人は、平成三年一〇月、勤務先の銀行を退職して(退職金は社内借入れと相殺)、知人からの援助を受けてシンクタンクを設立して事業を行うことを企画したが、その試みは成功せず、結局のところ、平成四年九月一八日、自宅を売却せざるを得ないこととなり、右売却代金五七三〇万円を日本信販株式会社に対する債務の返済等に充てたが、破産宣告当時、債権者約二三名に対する計約二一五一万円の債務が残ることとなった。なお、抗告人は、破産申立て後、債権者に対して一部弁済をして和解することによって、破産申立てを取り下げる方向で努力したが、資金調達が困難でその試みは失敗し、平成六年九月二七日、破産宣告(同時廃止)を受けざるを得なかった。その間、抗告人は、弟の好意により無償で家に住まわせてもらっていたが、父母の看病等で支出がかさみ、貯金等をする余裕はなかった。そして、抗告人は、免責申立ての当時(平成六年一〇月二〇日)、乙山株式会社に勤務して、月三〇万円の収入を得ていたが、その後同社を退職し、平成七年一月二五日、丙川株式会社に就職して、月一五ないし三〇万円の収入を得ている。なお、抗告人は、平成六年には抗告人を援助してきた父が死亡した上、平成七年六月には妻と離婚したので、重度の身体障害者で入院中の母を扶養しなければならない立場にある。

右事実によると、抗告人は、投資顧問会社が倒産したことにより株式投資により得た利益を失い、債務を弁済するために再度株式投資を始めた昭和六二年には、約三〇〇〇万円の借財をしていたのであるから、銀行員としての収入等に照らして堅実な返済方法をとるべきであったにもかかわらず、再度株式投資を計画し、当時の抗告人の財産状態に照らして不相応な計三六五〇万円もの多額な借入れを行って、その大部分をもとに株式投資を再開し、その結果過大な債務を負担したものであって、その行為は、破産法三七五条一号所定の浪費行為に該当するというべきである。抗告人は、当時の株式市況によれば、堅実な運用で負債は返済できると予測していた旨主張するが、株式投資は、その性質からして投機性を有するものであって、株式投資を再開した当時の抗告人の前記経済状態に照らすと、抗告人の前記株式投資は、債務の堅実な返済手段といえない。

2  裁量による免責許可事由について

裁判所は、破産法三六六条の九所定の免責不許可事由がある場合にも、情状等を考慮して免責を許可すべき事情があるときには、裁量により免責を許可できると解されるところ、前記認定のとおり、抗告人が債権者に与えた実害は、必ずしも小さいとはいえないものの、<1>抗告人が債務を支払うために株式投資を始めたことは、前記のとおり、債務の堅実な返済手段とはいえないが、当時のいわゆるバブル経済の渦中にあっては、抗告人のように株式投資に走ったことも無理からぬ面があるといえること、<2>抗告人の株式投資が行き詰まったのは、平成二年の株式暴落が直接の原因であって、その責めを抗告人のみに帰することはできないこと、<3>抗告人は、退職して退職金を債務の返済に充てたほか、その自宅を売却してその代金を債務の支払に充てるなどそれなりに誠実に債務の支払に努めてきたこと、<4>抗告人は、抗告人を援助してきた父が死亡し、妻とも離婚するなどして、親戚等から経済的援助を受ける見込みが少ない上に、重度の身体障害者である母を扶養せざるを得ない立場にあること、などの諸事情を考慮すると、抗告人の免責を認めて抗告人の経済的更生を図るのが相当である。

よって、原決定を取り消して、抗告人を免責することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 清水 湛 裁判官 瀬戸正義 裁判官 西口 元)

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